
何故、この時代にパッシブタイプのモニターコントローラーの制作に至ったのか?
モニターコントローラー「izarai」の発売から約1年。開発者である(合)HAYAKUMOの早雲に、スタジオ機材のコーディネート業をしている(株)PleasureCreation代表・谷氏から、モニターコントローラー「izarai」の開発エピソードについてインタビューをしていただきました。
先に発売されたVUメーター「FORENO」にも焦点をあて、今この時代にパッシブタイプのモニターコントローラーを開発した理由や、着想から完成までのストーリー、さらにはHAYAKUMOの音へのこだわりについて深掘りしていきます。
HAYAKUMOブランドの誕生
谷:本日はよろしくお願いいたします。まずは、早雲さんがモノづくりを始めたきっかけや、ご自身のこれまでのキャリアについてお伺いさせてください。
早雲:モノづくりのきっかけは、前職のベスタクスに入社したことですね。入ろうと思った理由にも通じるのですが、僕は音楽が好きで、音楽を作っている人や奏でている人に憧れがあったんです。そういった方々と関わりたいと思っていました。
特に印象的だったのは、DJ KRUSHさんがずっとベスタックスのPMC-20SLという旧型のDJミキサーを使い続けているのを見たときですね。アーティストが「これじゃないとできない」と言うほどの機材を作れるなんて素敵だと思いました。僕も一度はそういうものを作ってみたいと思ったんです。
製品第一弾。VUメーター「FORMA」が生まれるキッカケ
谷:HAYAKUMOというブランドを語る上でVUメーターは外せないと思うのですが、第一弾のVUメーター「FORMA」。これはアーティストの「Watusi」さんとのエピソードの中で生まれて来た製品だとお聞きしていますが、どのようなキッカケで生まれた製品なのでしょうか?

早雲:そうですね。Watusiさんとナイトクラブで話をしていた時、"そうだVUメーター作ってよ!"と仰られました。それで半年後くらいに実際に作って持っていったら、「本当に作ったんだ(笑)」と驚かれて。そこからいろいろとアイデアをいただきながら、少しずつ形にしていきました。
Watusiさんをはじめ様々な方にご協力頂きましたし、モノを作る事の難しさや面白さも理解する事が出来ました。
余談ですが、少ないながらもWatusiさんにお礼をお渡ししたところ、「そんなの受け取れないよ」とおっしゃって。いや、ほんとに感動しましたね。こんな素晴らしい大人が世の中にいるんだと思って。一層気合が入りました。
「Izarai」の着想から完成までのストーリー

谷:VUメーターに続く製品として、モニターコントローラー「izarai」が2023年12月に発売されて、約1年が経ちました。反響はいかがでしょうか?
早雲:おかげさまで、たくさんのプロの方にご愛用いただいています。
谷:私のお客様にご提案すると、ほぼ100%良い反応をいただきます。私個人の意見としても、音に厳しいプロの方にも安心しておすすめできるモニターコントローラーだと思っています。
早雲:ありがとうございます。音のことを褒めていただけるのは本当にうれしいですね。
谷:着想から完成までにはどれくらいの開発期間だったのでしょうか?
早雲:だいたい2年くらいだと思います。ほかの製品も同じくらいの期間がかかっていますね。
谷:なぜ、この時代にパッシブのモニターコントローラーを作ろうと思われたのでしょうか?
早雲:まずものづくりについては、基本的にはユーザーからの意見を大切にしています。その上で、しっかり魅力的な製品を作れるのか?多くの人が喜んでくれるのか?長く愛される製品になるのか?等々、様々な観点を見極めて選定しています。
モニターコントローラーについても同様で、必需品と言えば必需品じゃないですか。
ところが、パッシブの良いモニターコントローラーが市場にほとんどないなと思って。
多くの製品が「音質よりも機能や価格を優先している」ものだったので、音質を最優先に考えてみようと思った訳です。

谷:私も試作段階を拝見する機会がありましたが、そこから改良を重ねられたと思います。音質面で「これだ!」と思われた瞬間はどんなときでしたか?
早雲:全てのパーツと言ってしまえばそうなのですが、やはりロータリースイッチですね。最初は一般的によく使われているものを使ってみたのですが、感動するような音ではなかった。そこで「ちゃんとしたもの」に変えたときに、「これだ」という感触がありました。
他メーカーの製品で、ロータリースイッチ自体がアンバランス仕様のものを採用している場合もありますが、僕はどうしても「バランス」で行きたかった。ただ、いざ取り寄せてみると「めちゃくちゃ大きいな」と(笑)。

谷:確かにこれは大きい(笑)。試作段階を見せていただいたときに「もっと低くできないのか」と思ったのですが、心臓部がそれだけ大きいと仕方ないですよね。
早雲:本物のアナログパーツって、やっぱり大きいんですよ。ちゃんと作りたいし、いいものを作りたいと思って。
「東京計測機材」さんのロータリースイッチを採用して、なるべく小さく収めるように工夫して製品化しました。もちろんほかも相当探しましたが、量産にも耐えられる安定供給品となると、ほとんど見つからない。
結局「東京計測機材」さんのこれしかなかったんです。創業60年ほどの会社さんですね。
「izarai」のコアとなるパーツでもあるので、「東京計測機材」という名前はWebサイトでも公表しています。すばらしい技術を持つ方やメーカーには、少しでもスポットライトを当てたいと思っているんです。
"パッシブ"という制約の中でモノを作る。
谷:次に、機能面のこだわりについてお伺いします。
早雲:"パッシブ"という制約の中で、どれだけ機能を付加出来るかを考えるのが大変でしたね。
谷:モニターコントローラーはアクティブにすれば、ヘッドホンアンプやトークバックマイク、D/Aコンバーターなど、多機能化できますよね。
早雲:そうですね。電気があれば解決しますが、それでは本来の目的である音質追求とは離れてしまうので。
谷:今までのモニターコントロールの市場では、アクティブタイプが当たり前というイメージが強かったですよね。

早雲:このFINEっていうのはマスタリングエンジニアの森崎さんのアイデアなんですよ。
「アッテネート0で使う人はあんまりいないから、-50〜-20を細かく刻んで欲しい」と。
これは結構悩ましいことで、先程のロータリースイッチはステップが23個あるんですけど、そこに1個1個値を決めていかなきゃダメなわけじゃないですか?
出せるカードは限られてるけど、どこに重点を置くか決めないとダメだったんですよね。
やり方としては色々あるんです。0から-「3dB」ずつステップ組んでいくとか。
「5dB」ずつ刻んでいくとか。色々あったんですけど、とにかく常用域が一番細ければ一番使いやすくしておきたかったんです。
谷:-50から-20までを2dB刻みにしてくれているのはユーザー目線で本当にありがたいです。3dB刻みだとちょっと幅が大きすぎるので。
早雲:そうなんですよ。逆に-20から0は5dB刻みなので、少し心苦しい部分はありますが、普段よく使う音量域を細かく調整できるほうが便利ですからね。

谷:「C-SELECT」ボタンですが、Output Cに接続したウーファーなどを常時出力できるようになるとのこと。これはどういう経緯でつけることになったんですか?
早雲:エンジニアのグレゴリさんのアイデアですね。他にも「Dimの音量も切り替えられるようにしてほしい」など、下のボタン周りのアイデアはほとんどグレゴリさんからいただきました。

谷:入出力面で特徴的なのは、このTHRU OUTでしょうか。これはFORENOなどのVUメーターを接続するために設計したのでしょうか?
早雲:そうですね。もちろんVUメーターを接続していただくのもOKですし、ほかにもいろいろな使い道があると思います。
ポリシーはスタジオに在って、ちゃんとテンションを上げてくれるもの。
早雲:機能的である事を前提として、デザイン面でも「スタジオに置いたときにテンションが上がるもの」にしたいという想いがありました。
音が良ければいい、というだけでもなく、かっこいい音楽を作るのだから、かっこいい機材を使って欲しいと思っています。
谷:確かに、モニターコントローラーは常に目につく場所にありますよね。
早雲:そうなんです。なので、それに見合うデザインのものを作ろうと心掛けました。
全体を黒で統一しつつ、素材や加工、塗装によって黒の見え方が違うのも面白いんですよ。それだけで質感に変化が出る。プロダクトデザインは基板の位置など制約が多いですが、その中でもノブやボタンにはこだわりました。

早雲:実はこれ、試作品なんですけど、最初はノブを金色にしようと思っていました。とにかく回しやすいことばかり考えていたら無意識にドアノブに近づいてしまっていました……(笑)。それを経て、今のデザインに落ち着きました。
トップ部分が1ミリほど凹んでいるのは、実際に回すときに指が収まりやすいからです。本体をサンドブラスト加工して、また縁の部分だけ削ってから塗装したりと、細かいところまで手をかけています。

谷:ボタン類の縁にも同様の加工が施されていますよね。
早雲:はい。ボタンはノブとは逆に、中央がやや膨らんでいる方が押しやすいんです。最初はノブと同じように凹ませたんですが、驚くほど押しにくくて(笑)。
文字のシルクデザインは女性のデザイナーさんにお願いしました。シンプルかつ精密なイメージにしたかったので、ついでに会社のロゴも合わせてリニューアルしてもらっています。
筐体の材質はアルミと鉄で、重さも適度にあるので操作しても動きにくい。あとゴム足はビス留めにしました。開発しているエンジニアが「ゴム足ってすぐ取れるんだよ」って言うから(笑)。実際にそうしてみたら、今のところ取れたっていう連絡は来ていないので良かったですね。

音・アナログに対する強いこだわり
谷:HAYAKUMOブランドの開発は、VUメーターやモニターコントローラーを含め、プロの方の意見を取り入れながら形にしている印象です。音に対するこだわりについて、もう少し詳しく教えてください。

早雲:エンジニアが何万回も聴いている曲だからこそ、わずかなニュアンスの違いに気づかれて。その後、何度も修正を重ねてようやく納得できる仕上がりになりました。
谷:そうした経験は、モニターコントローラー開発時にも生きているんでしょうね。ちなみに「izarai」は、どんな方に使ってもらいたいというイメージがあったのでしょうか?

早雲:一番は、プロが自宅で作業する環境に導入する事を想定しています。あとは、とにかく音を気にする方。 劣化するのは絶対に嫌だ!みたいなこだわりがある方ですね。
谷:製作システムの構築が僕の仕事でもあるのですが、モニターコントローラーは音の中核なので、システム全体の音に直結します。だからこそ慎重に選んでほしいんですよね。
早雲:そうなんですよ。音質低下がいやだからスピーカーに直結するという人も多いですが、「これなら挟んでもいいや」と思ってもらえる製品を目指したかった。電源がいらないのも利点で、スタジオでコンセントを一つ確保する手間が減るのは地味に大きい(笑)。
谷:電源が必要ないというのは、設置場所の自由度も上がるので、地味にポイント高いですよね。実際僕も使ってみて「これならインターフェースとの間に挟んでもいいや」と思えたので、ずっと使っています。
早雲:そうですね、便利さを取ると音が犠牲になったり、音を追求すると利便性が落ちたりしますが、これはうまく両立できたんじゃないかと思っています。
谷:ギターで言えば、究極の音は「アンプ直」かもしれないけど、プロの現場だとさまざまなエフェクターを使いますよね。利便性や対応力も必要なので。モニターコントローラーも同じで、妥協できるラインをクリアすれば、制作時のモニターレベルのコントロールが格段に上がると思います。
早雲:本当にそうですね。失うものなく便利さを得られるなら、神経質にならずに導入できると思います。
谷:本日はありがとうございました。

パッシブ・モニターコントローラー izarai の詳しい内容はこちら
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